寝ても覚めても開発のことばかり。若い人たちに感じてもらいたいね。

CF事業部 中根光男

昭和32年3月21日入団※(入社)。CF事業部、元永久技師。
アイコクアルファが世に送り出した冷間鍛造品の大多数を手掛けてきた技師。その開発能力はもちろん、開発に掛ける情熱から、今では“冷間鍛造の神様”と呼ばれている。

※入団:仲間として一緒にやっていく「チームの一員」になるという考えから、入社と言わず、あえて「入団」と呼んでいる。

物理の現象は絶対にウソを言わない。

アイコクアルファでの55年間、開発した商品は何百種類。それでもはじめは何も分からない0からのスタートだった。

中根が入団した当時、アイコクアルファは冷間鍛造に乗り出す時期だった。普通科を出ていた中根は図面の書き方はもちろん分からない。講習に通い、冷間鍛造で一番重要となる金型の設計を学ぶことから始まった。

「鍛造品重量で月に最低300トンは製造しないと、冷間鍛造をやっているとは言えない」という、通っていた研究所員の一言が中根の記憶に今でも残っている。一つの金型で生産性を上げるには、いかに圧力と摩耗に耐えられる設計であるかが肝心になる。もちろん失敗の数も相当だ。だが失敗には絶対的な原因がある。自分が立てた仮説に間違いがある。どうやって出てくるか、どこに力が加わるか。考えられる限りの仮説を立てた。「気がつけば寝ても覚めても考えるようになり、開発に没頭するようになっていたね」と、昔を振り返る。

こんなエピソードもあった。「私が開発したシャフトを、社長がアメリカのフォード社へ持って行ったんだ。そして帰国した社長が“フォード社の社長が涙を流して喜んでいたよ”と私に話してくれた。これがその時の物だよ」。手元のシャフトを眺めて目を細める。

「開発の楽しさは、上手くいった時の喜びだね。自分の中に最高の仮説があったということだから。物理というものは、絶対にウソを言わない。だから好きなんだ」。

家族の様な愛情とモノ作りへの情熱。 

中根はこれまでに4代の社長と共にここで働いてきた。「どの方も本当に素晴らしい方だった。入団した当時は寮生活でね、共同のお風呂に社長がやって来てはよく頭を洗ってくれたんだ。もういいと言っても“もう一回”と。そして奥様も汚れた洗濯物を洗っておいてくれる皆の母の様な方だったんだね」。自分のことをまるで家族の様に受け入れてくれた社長や奥様を思い出し、目頭を押さえた。そして体を震わせながらこう言った。「社長たちの愛情があったからこそ、私はここでやってこれた。今でも本当に幸せに思うね」。

今はゆったりと時の流れを感じながら、永久技師として次世代の技師たちの教育に励む。「開発を若い人たちに継いでいかないかんね。自分のやりたいことができるという素晴らしい環境の中、モノ作りへの情熱を持って頑張ってもらいたい」と、穏やかにほほ笑んだ。